スランプからの脱出方法

誰にだってプラトーは生じる.スランプはある.

いままで,無意識に,なにも考えず,なにも迷わずにできていたことが急に出来なくなる.

何がおかしいかわからないが,何かが決定的におかしい.




MNBが今までに体感した決定的なスランプは大学3年次の秋におきた「突っ込めない症候群」だ.

十種競技を専門としていたため,8種目目には棒高跳びがある.

それまで,あまり大きなトラブルは無かったのだが,3年次の秋で初めてマットの外に落ちた.

軽い捻挫ですんだがのだが,問題は心の傷だった.

それから全く突っ込めない(跳躍できない)状態になってしまった.

先輩から「そういう時はまず2歩から突っ込み,そして4歩,6歩・・・と助走を伸ばして,最終的に全助走にもどすんだよ」とアドバイスをもらったが,全助走である12歩になったとたんに,いや,ときには10歩の助走でも突っ込めない.

技術的な原因は分かっていた.

突っ込み動作にはいる踏み切り3歩前から上半身がこわばり,突っ込みの姿勢がとれないまま踏み切りへと到達してしまうのだ.

手先の器用さから,基礎をおろそかにしてきたツケがここで露呈した.

いままでは流れと勢いにまかせて突っ込んできたため,突っ込み準備動作のドリルは1年次にやっただけで「習得したつもり」になっていたのだ.

とにかく突っ込めない.助走を伸ばしてスピードが上がると,ポールを長く硬いものに変えると突っ込めない.



完全にスランプだった.

そんな時は「棒高跳びを忘れてしばらくほっておけ」という対処法もあるようだ.

目先の試合だけを考えるならばそれもアリかもしれない.

けれども,そうしてほっておくという行為は,一時的にもとの状態へ戻したいという欲求から生まれたバクチのようなもので,それを続けたからといって記録が向上するわけではない.

スランプの時こそ,基本に立ち返り,徹底的に基礎に取り組む.

突っ込めないという現実と向き合い,逃げず,真っ向勝負を挑む.

その心構えこそがスランプ脱出の唯一の方法だと思う.



そこからは徹底的に基礎だ.

とにかく2歩のドリル.4歩のドリル.

突っ込み準備動作であるラスト3歩のドリルとリズム.動作.それを徹底的に身体に仕込む.

いつ,どんな状態でも,どんな精神状態でも寸分違わぬ動作ができるまでに仕込む.

寝ても覚めてもラスト3歩の動作を考える.




2ヶ月後,スランプ脱出の時はきた.

面白いことに,自分が突っ込めないということすら忘れるくらい基礎に取り組むと,ある瞬間に「あ,今なら突っ込めるな」という確信が生まれる.

なぜかは分からないが,これまで突っ込めなかった理由がわからないくらい,何度やっても突っ込めるのだ.

足合わせも必要なかった.

いままでは踏み切る直前にならないと,足が合うかどうかわからなかったものだが,ラスト3歩前には足が合うかどうか分かるようになっていて,さらに「合わない」と感じてもその3歩以内に有る程度は修正できるようになっていた.

何かが天からふってきた.いや,自分の中に何かが生まれた.

その時から突っ込めなかったことは無い.

当然ながら引退するまでに棒高跳びの記録は飛躍的に安定するようになった.

結果,自己記録更新も連発した.




スランプに陥った時,大切なのはそれと真剣に向かい合い,目先の結果にとらわれずに,地道な努力を続けられるかどうかだ.そして成功するまで努力する断固たる決意を持てるかどうかだ.

徹底的な基礎しか解決策は無い.

もうこのままではダメかもしれないという恐怖から逃げないこと.

自分を信じること.

絶対に出来る.






昨日の夜,コーチの練習をみていた.

彼は技術的な問題を第一の原因に挙げる.

学生達は練習量や内容ではないかと勘ぐる.




違う.

全力で投げることを忘れていないか?

職場での優しく,不器用ながらも真面目に努力する人柄.

しかし,サークルに入ったとたんに野獣へと変わる.

そうしたスイッチ能力こそが彼の唯一といって良い武器だった.

それを忘れていた.職場での雰囲気そのままに投げていた.




声を出せ.自分が制御できない力を出せ.

自らを鼓舞し,高ぶる気持ちを引き出せ.

練習を開始したら誰もが近寄りがたい雰囲気を,情熱を,気持ちを表現しろ.

21時からスタートした2ターン練習.

君の再スタートだ.