補強トレーニングのありかた

今週末に実施される日本陸連トレーナー研修会.「補強トレーニングのありかた」というテーマでお話させて頂きます.

当日は2名のオリンピアン(A.N.:Deca N.T.:100m)も参加して頂き,楽しいセッションになりそうです.



とは言いつつ「補強(以下,トレーニングを省く)」って何だ? と.考えたわけです.



単純に辞書をひけば,「弱い部分や足りないところを補って強くすること」

一方,トレーニングの意味は「練習をすること.訓練.鍛錬.」



つまり,補強とは,トレーニングという大きなくくりのなかで,さらに弱い部分を強くすることに重点を置いたトレーニング方法を示すことになる.

とすると,今度は「弱い部分」という点について考えねばならぬ.



弱いとは比較対象があってこそであり,それは大局的に見てしまえば「求める競技力を発揮するために弱いと考えられる部分」といえる.それは「体力的」な要素かもしれないし,「技術的」な要素かもしれないし,「精神的」な要素かもしれない.

しかし,一般的に精神的要素を強化するとなれば根性練と呼ばれるような厳しい反復を求めるトレーニングを除けば,いわゆる修行という言葉がピンとくる.

それと同様に補強という言葉から受ける印象は,やはり体力的要素に対してフォーカスしたものであり,さらに細分化され「ハムストリングスの肉離れをし,現在は大腿前面に対して後面が弱いからレッグカールをやっておく」というような極めて単純かつ短絡的な考えのもとで実施されているというものだ.



ここでタチが悪いのは,いわゆる補強によって特定の部分が強くなったからといって,それが本当に競技力向上に貢献しているのかがわかりにくいという点である.

ハムを傷めたからレッグカールをし,挙上できる重量が増えた,回数が増えた.だからもうハムを傷める心配はない.



んなワケがない.たしかにハムの肉離れの原因が「筋力不足だけ」だったとしても,その筋力とは何を意味するのか.最大筋力なのか,高速で発揮されるパワーなのか,それともパワーの立ち上がるはやさなのか.単純に筋力といっても様々なものがあり,そのなかでどれにフォーカスするか決めない限り,補強の内容は決定できない.

さらに言えば,ハムストリングスの肉離れは単純に筋力不足だけで生じるわけがなく,様々な外的条件に加え,フォームや,それこそ「疾走」という運動に対するポリシーまで関わることが多い.

となれば,疾走という競技パフォーマンスを構成する体力的要素だけでなく,少なくとも技術的要素の改善(修正)までを考えた内容が補強には組み込まれるべきであり,そうして始めて「弱い部分を強くすることで競技力を向上させる」ことに繋がると考える.

技術的要素の改善,いわゆるフォームの改良といわれたりするが,フォームを変更するということは「動かし方」を変えるということであり,「異なる筋の使い方を覚える」ということである.

求める競技力に達していないのが「技術が原因」ということであれば,それは「弱い部分」であるから,補強で補うべきである.つまり,新しい筋の使い方を気づかせ,学ばせるために補強という反復練習で身体に,そしてそれを統合しているソフト面に負荷をかける.それこそが「補強」であると思っている.

駄文スイマセン.



いやね,なんというか「体幹が弱いから腹筋やっとけ」みたいな考えがキライなんですよ.そんな単純じゃねーだろと思うわけですよ.

古典的かつステレオタイプ的に同じ事をコツコツやるのはいいんだけど,盲目的であってはいけない.競技者は(もちろん我々指導者も)もっともっと「自分が強くなるのには何が必要なのか」を考えるべきだと感じた寒い夜でした.