【重要】専門的体力トレーニングとは?
ただいま,コーチングに関する本を分担執筆中で,そのなかで体力トレーニングという項目を担当している.
その過程で「トレーニング」について,その分類を整理しているのだが,自身のトレーニングに対する考えを整理する,なかなか良い機会となっている.
トレーニングとは「何かしらの方法によって心技体を向上させ,競技力向上へ結びつける行為」と広く捉えた場合,そのなかで,私生活に関するものを排除し,意図的かつ計画的に実施される「何か」を向上させる,鍛える過程を狭義のトレーニングと定義し,話を進める.
そして,「そのトレーニングの主目的は何か」という観点から,現時点では図のような分類にまとめてみた
とはいっても,たった3種類の分類であるが,,,,シンプルでありながら,実に奥が深いと感じている.
解説する.
図の左側にある「専門的競技トレーニング」とは,いわゆる「スキルトレーニング」に相当するものであり,専門とする競技動作にて実施されるトレーニングである.競技パフォーマンスを決定づける「グレーディング,タイミング,スペーシング」の3要素を,より高いパフォーマンスが発揮できるように調節することが目的である.
ここで注意すべきは,この分類はあくまで「そのトレーニングの主目的」で分類しているという点.たとえば,体操競技において技の精度を向上させるためのスキルトレーニングを実施すると,副次的に筋肥大や筋力向上という効果も得られることが多い.だから体力トレーニングにもなっているのだという考えは排除する.目的と得られる効果をごちゃ混ぜにはしない.この分類は「トレーニングの効果」を元に分類したわけではない.あくまで「何を目的としたか」である.
そして,重要なのは「専門的体力トレーニング」という部分は,「あくまで体力トレーニングのなかに存在する」という点であり,「専門的競技トレーニング(スキルトレーニング)と重なっていない」という点.専門的体力トレーニングとは,あくまで体力的要素を高めることを特化した体力トレーニングの一部であり,そのなかで競技特性を考慮したものである.
例えば,砲丸投げ競技者が体幹回旋で発揮されるパワーを向上させるために,バーベルやダンベルを振り回すようなトレーニングをおこなう.このトレーニングは「専門的体力トレーニング」だろうか.
実は,このトレーニングは「今ある体力で効果的にバーベルを振りまわすスキルの向上」と「バーベルによって身体にかかる負荷を利用して体幹回旋筋群を強化する」という二つの目的が組み込まれている.つまり,「専門的体力トレーニング」でもあり「専門的競技トレーニング(スキルトレーニング)」でもあるように思われる.多関節運動で実施される複雑な動作に負荷をかける場合がこれにあたる.
こうしたトレーニングは「様々な効果が期待できるオールインワン型のトレーニング」という捉え方ができる一方で,「目的が曖昧であり効率的&効果的ではないトレーニング」である可能性が高い.
そしてやっかいなのは「そのトレーニング効果は検証が困難」であるということ.誤解をおそれずにいわせてもらえれば「効果がないトレーニング」である可能性も多分に含まれているということである.
たとえば,陸上競技のハンマー投げは7.26kgのハンマーを投げ,その飛距離を競うという競技である.
そしてそのトレーニング現場では,よく「10kgのハンマーを投げる」という練習が行われる.この10kgのハンマーを投げるという練習は,何を目的に実施されるのか.スキル向上なのか体力強化なのか.
およそ初心者であれば,スキルも体力も向上し,同時に7.26kgのハンマーも遠くに飛ばせるようになるだろう.しかし,熟練者はどうか.たとえ10kgのハンマーが遠くに飛ばせるようになったとしても,それはあくまで「10kgのハンマーを遠くに飛ばせる能力」が向上しただけである.言い換えれば7.26kgのハンマー投げパフォーマンスに10kgで発揮するパフォーマンスが近づいただけではないだろうか?
こうしたトレーニングは数多い.
決して,その効果や実施を否定しているわけではないが,我々はある特定のトレーニングになんでもかんでも期待しすぎではないだろうか?
と,分類をしていて考えるようになった.
よく,「スクワットの重さは上がったんですけど,足が速くならないんです.」という言葉を聞くが,その考えそのものが間違っているのだ.スクワットはあくまで脚の伸展筋力を高めるために実施するものであって,その効果が疾走速度向上に結びつくかどうかは別次元の話なのである.
砲丸投げ選手が「ベンチプレスの重さが上がったけど,砲丸が飛ばない」と嘆くのも一緒.そりゃ飛ぶ人も居るだろうし,飛ばない人も居るだろう.目的が異なるのだから同列に比較してはいけない.
「ボディビルダーの筋肉は見せかけだ」というのも同様だ.
ボディビルダーは,筋をビルドするためにトレーニングしているわけであり,そのなかには砲丸を遠くに飛ばせるようになった人も居るだろうし,運動能力は全く高くない人もいるだろう.ビルダーのトレーニングと運動能力は関係ない.ビルダーからすれば良い迷惑だ.
ともすれば我々は「なんとなく競技動作に近いから」「なんとなく感覚的に面白いと感じたから」という極めて曖昧な理由で,スキルトレーニングと体力トレーニングをクロスオーバーさせてしまうことがあるようだ.
本来,スキルはスキルとして,体力は体力として個別に強化することが「効果的」なトレーニングであるはずなのに.
ドーピングの罪深さ
08年北京五輪男子400メートルリレーで、金メダルを獲得したジャマイカのネスタ・カーター(30)が同五輪のドーピング再検査で陽性反応を示したと、ジャマイカ・オリンピック委員会が明らかにしたとのこと.
まだA献体だけの結果だが,おそらく今後B献体も検査され,もしそれが陽性ならば,ジャマイカチームの金メダル剥奪.
同時に日本チームが銀メダルに繰り上げ,そして4位のブラジルが銅メダルに繰り上げという形になる可能性が濃厚となる.
MNBは日頃から授業などにおいて,ドーピングで一番罪深いのはこうした他者に与える影響ではないかと論じている.
アテネオリンピックにおける室伏選手も同様.
スポーツが我々にもたらしてくれる大きな感動,賞賛.
それを,現地で,あのスタジアムで,共に戦ったライバルをたたえ合い,支えてくれた仲間を賞賛し,表彰台が感動の渦の中心となる.
その権利を踏みにじる行為がドーピングだ.
もし,室伏選手がアテネのあの場で金メダルを獲得し,それを首に帰国したことを考えたらどうか.
やはり銀メダルとは,本当に様々な面で大きな差が生じているはずだ.
選手によっては人生が大きく変わることもあるはず.
もし北京オリンピックでブラジルが銅メダルを獲得していれば,その選手達,その種目は来るリオデジャネイロオリンピックの強化に関して何かしらの動きがあったはず.それも無かったことになった.
ドーピングが罪深いのは,自身だけでなく,こうしたライバルや仲間達の運命まで狂わせ,スポーツの根っこにある「感動」を踏みにじる,場合によってはないがしろにすることだ.
頼むから「同じスタートライン」で勝負させてほしい.
戦友との別れ あ,鞄です.
鳥取での布施スプリントで13"47(+1.4)のリオ五輪参加標準記録を突破しましたね.
本学OBの増野は2位でしたが,13"59と自己記録にあと0.01秒に迫る好記録.
矢澤選手の記録を破り,さらに日本選手権で優勝すればオリンピック出場の可能性大です.
日本選手権での活躍を大いに期待しましょう!
ちなみに日本選手権のHPはコチラ.
陸上競技の魅力は,やっぱり生でみないとわかりません.
皆さん,ぜひ瑞穂へ!!
加えて,十種競技,七種競技の日本選手権は今週末,長野にて実施されます.
コチラでエントリーリストの確認などもできます!
なお,混成の日本選手権は,同じく混成競技の日本ジュニア選手権と同時開催されます.
今のオリンピアンの戦いが見れるだけでなく,将来のオリンピアンも発掘できるという超オトクな大会です.
混成競技の楽しさ,素晴らしさがギュッとつまった日本最高峰の戦いです.
ぜひ長野にもお越しください!
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ウソです.
先代部長であるIWKB先生,あと陸連にいる偉い人に触発されて使い始めたTUMIのビジネスバック.
武大に就職した年に購入したので,かれこれ10年.
ものの扱いが雑なMNBの激務とともに過ごしてきた相棒と決別することにしました.
武大の教員として全国を,時に世界を共に駆け回ってきた戦友です.
もう何がどこに入っているか,手も入れずにわかるほど....ちょっと盛りました.
激闘のインカレも,灼熱の勧誘活動も,極寒の冬も.仕事の時は常に一緒.
ショルダーストラップはすでに2回交換(肩パットの部分が劣化して滑るんですよ).
いわゆる「フタ?」の端はすでにすり切れ,というかちぎれかかっており,ショルダーストラップのつなぎ目も2回裁縫で修理(笑
沖縄合宿では誕生日のお祝いで学生達から生クリームの洗礼まで.
本当に武大の教員として常に一緒に過ごしてきたこのバックも,ついに次世代へバトンタッチしてもらうことにしました.
本当に感慨深い.
そして,新しい相棒は...もちろんTUMIです.その名もスリムデラックスポートフォリオ.
スリムなのかデラックスなのかよくわかりませんが,妻からは「兵器みたい」と好評です.
次の10年はコイツとともに頑張ろうと思います.
バック買った報告って女子か!!w
教員採用試験に集中したいから部活辞めます
たまに「教員採用試験の勉強に集中したいから,部活を辞めます」という学生がいる.
また「ゼミの課題にいっぱいいっぱいで,部活に身が入らない.ちょっと辞めようかと思っています」という学生がいる.
そりゃ,部活を辞めれば,使える時間は増えるさ.
当然,勉強する時間も増やせるよな.
レポートに取り組める時間だって増えるな.
だから何だというのか.
時間が作れないから作ろうとするのではなく,時間が作れないなら,短い時間でより良い成果を上げる努力をなぜしないのか.
マルチタスクをこなせる人間にならなければ,明日は無いと,なぜ思わないのか.
多くのことを同時進行的に実施できる能力を磨くことこそが重要だとなぜ思わないのか.
そうしなければ,人間としてのスペックは上がらない.
ちなみに「同時進行的」としたのは,あくまで周囲からみれば同時進行しているように見えても,実際はシングルタスクに集中し,極めて短時間にその課題を終わらせ,即座に次の課題に取り組むという,いわば切り替え能力の高さと,一点集中的な集中力が「マルチタスク」を可能にする.
決して,多くのことを同時に処理しているわけではないという点には注意.
学生たるもの,授業やゼミでの課題にはもちろん全力で取り組む.
そして部活動についても全力で取り組む.
さらに自らの将来についても,全力で取り組む努力をする.
そうしてこそ,初めて得られる力がある.サムシンググレイトがある.
時間がないから諦める.それも一つの道だけど,単純にもう一踏ん張りしてみてはどうか.
そこからでも遅くはない.
2016年 関東インカレ終了
2016年の関東インカレが終了しました.
結果は120.66点での総合優勝.
無事,1部復帰を果たしました.次年度は総合での入賞を目指します.
この数年,勢力図が大きく変わってきています.
特に,MNBが現役だったころと比べると,驚くほどの変化.
かつては伝統校があらゆる種目で上位を独占し続け,新興校はつけいる隙がなかったように思います.
その一方,1部残留をかけた下位争いは,数点でもとればOKという状況.2部降格が1校だけだった昔は,ほとんどの場合,総合で1点も獲得できなかった大学があり,それが陥落するという状況だったかと.
ところが,今はどの大学も得点をとってきており,さらに降格を免れ,8位入賞を目指すような順位となる10〜14位あたりの大学はコロコロと入れ替わる.
今年の関カレでは,母校がまさかの9位.残念ながら2部降格となったのは7点に終わった流経大と11点に終わった大東大.そして城西大と中大が24点で残留決定.
そもそも中大が一瞬とはいえ陥落の危機にさらされるなんて,MNBが現役の時には考えられませんでした.
決して,「○○の大学が弱くなった」とかいうのではありません.見方を変えれば,総合争いは上位だけでなく,下位でも激しい争いが展開されているということです.
これは女子も同様.筑波大学の25連覇は決して盤石なものではなく,最終種目までもつれるという,本当に激しい戦いでした.MNBが4年生の時,妻ももちろん4年生だが,その時は確か4年生だけでも総合優勝が出来て,かつ2位との点数差でトリプルスコアを達成できずに落胆した記憶があります.1強時代はすでに去ったということ.
そして2部での争いも同様.今年の武大は圧倒的勝利などといえず,得点したほとんどの種目で学芸大と争い合うという,まさに「ガチンコ勝負」となりました.やってるこちらは必死ですが,見ているほうからすると大変に面白い勝負だったかと.トラックでは青山学院大学と駿河台大学の争いが激化.青学大はかつて1部昇格を果たしましたが,この勢いならば,駿河台大も近いうちに1部昇格を果たすかと.
毎年,5月は魂を削られます.
さて,今年の関カレ.個人的に最も嬉しいのが,やはり主将 武本泰漢の十種競技7000点越え.
MNBが武大に来たときは6628点だった武大記録.
そこから,石垣剛,東悠也,大谷大志,前田剛,小堀一成,と受け継がれてきた武大記録は,武本泰漢の世代で7000点に到達.そしてこの歴代武大記録保持者は全て主将・副主将を担っています.
7000点に届くまで11年を要してしまいましたが,それ以上にこれだけ多くの選手達が武大記録を更新し続けてきてくれたことを嬉しく思います.
天才的な選手がドカーンと記録を出すのではなく,その当時のエースが少しずつ記録を積み上げ,更新していく.強くなるのに魔法は無いんです.
誰しも,最初から強い選手では決してありませんでした.歴代の記録保持者でIH入賞者はゼロ.武本泰漢に至ってはIHすら出場したことはありません.
こうした選手達が武大デカスロンの歴史を作っています.これからも武大記録を更新し続け,いつしか日の丸にまで届いてほしいものです.
さて,今日でまたスタートラインです.
強い4年生は教育実習!!
新生チームで頑張りましょう!
宿題 「思う」 があったら減点
最近,学生にレポートの書き方を指導することがあった.
自分としては当たり前にやってきたことであるが,書き方について注意したことが無い場合,概ねレポートの中身は感想文になってしまうようだ.
そもそもレポートとは調査と分析からなる考察,そして論拠と根拠から導かれる結論を述べるものである.
決して自分の気持ちを書くものではない.それはあくまで感想文である.
小学校や中学校で取り組んで来たであろう感想文.文章のなかに自分を存在させ,その思いを述べることになれてしまうと,正しいレポートは書けなくなっていく.
本来,レポートとは「〜である」という結びで終わる文章で構成されなければならない.
文章のなかに自分自身を決して投影することなく,だれが読んでも同じイメージ,印象を与えるようなものでなければならない.
それが大学生が書くレポートである.
最近では新聞などでも主観がまじった文章を見かけることがある.それは意図的なのだろうが,それでも主観と客観をごちゃまぜにしたような文章をみて育つと,それらを切り離して考えることができなくなってしまうのではないだろうか.
そこで,先日,学生に対する宿題で「本日の眞鍋が行った講義内容に対する批判を【思う】という言葉を使わずに書きなさい」というものを出してみた.
再来週の提出が楽しみである.