教え子に圧倒される 〜パッション〜 佐藤智貴先生

2009年に卒業した教え子,佐藤智貴.通称パッション.

走り幅跳びを専門としつつ,跳躍ブロック長を務めた.

ただ,個人の記録は7m手前に留まる.

在学中に足関節の複雑骨折.一番記録を狙える時期での大怪我だった.




あれから4年.

パッションの後輩で,現在武大陸上部の跳躍コーチを務める金子航太と,北海道に学生募集活動にきている.

夕方には北海道高校総体の2日目が終了したため,早めの夕食をとり,MNBの部屋で二人で勉強会.

昔の幅跳びに関するデータや,動画を見続けている時に,「あ,先生,これ見てください」と金子コーチ.



見せてくれたのは,膨大な数のファイル.

1年分の全ての練習メニューと,ブロックのメンバーを鼓舞するためのミーティング資料.とうてい,すべてを確認することなど出来ないほどの容量.

コントロールテストの内容,結果,意義,反省.

ファイル数にして50を越えるが,エクセルのシート数まで数えるとゆうに100は越える.



金子航太が仮ブロック長に任命された際,先代ブロック長であるパッションから「とりあえず俺がやってきたことをすべて見せるから」とCD-Rで渡されたそうだ.

その後,金子コーチは歴任のブロック長全員に,任命するときにこの資料を見せているそうだ.







恥ずかしい.

パッションがブロック長を務めていた2009年の前から,MNBは国武大陸上部の監督を務めていた.

にもかかわらず,パッションが,いや智貴がこれほど資料をつくって部員を引っ張り,金子コーチがそれを受け継ぎ,2014年度ブロック長にあたる小泉光に受け渡していることを知らなかった.




骨折の手術が無事終わった報告を受けたのは,練習から帰っている車のなかだった.

コンビニの駐車場で,涙ながら智貴からの報告をうけたことを覚えている.




それから智貴は,ブロック長になった.足が折れて,ジャンパーでなくなり,松葉杖をついた状態でブロック長になった.

部員を背中で引っ張ることができない.

競技力で引っ張ることができない.

同じ練習をしながら,声をかけて引っ張ることができない.




そんな智貴がブロック長として,当時は「関カレで点のとれないお荷物ブロック」と揶揄されていた跳躍ブロックを引っ張り,今にいたる礎を築いたのだ.




教え子に驚かされ,感動させられ,そして圧倒させられた.




智貴は福島で中学校の教員をしている.

砲丸投げで全日中に連れてくることができたと,喜びながら電話をくれた.

手をかけている高校生が,武大に進学したいらしいと電話をくれた.




指導者としての喜びとともに,教え子に負けてられるかと心を奮い立たせることができた.


ありがとう.

頑張ろう.