選手 トレーナー それぞれの物差し

選手には選手の物差しがあり,レベルがある.

競技力と一言で言えばわかりやすいが,競技に対する情熱や,知識,姿勢なども,その物差しには含まれる.



同様に,トレーナーにはトレーナーの物差しがある

それは技術だったり,体力だったり,情熱だったり.

でも,競技部の監督として一つ重要な物差しを挙げるならば,「魅力的かどうか」を掲げたい.

一緒に仕事をしたいと思わせることができるかどうか,監督として怪我した選手を預けることができるかどうか.こうしたことを全てひっくるめた「魅力」だ.



トレーナーの行う仕事,存在は競技パフォーマンスのように明確ではないから,極めて評価がしにくい.

それは仕方のないことかもしれないが,他者が評価しにくい,されにくい分だけ甘えているトレーナーが多い.多すぎる.

トレーナーとは,チームにとって非常に便利かつ有用な役割であるから,どんなトレーナーでも,とりあえず居るだけで重宝されることは少なくない.そんな状況に甘え過ぎている.



選手が抱えている苦悩,苦難,監督やコーチから受ける理不尽な要求.不満.

怪我した自分に対する忸怩たる思いや不安.

それを払いのけるための勇気や努力,忍耐,根性.

その先に,本当の強さがある.



こうしたことさえ分からないトレーナーが本当に多い.

つまり,選手のレベルにトレーナーが追いついていない.

いや,もともとは備わっていたのに,いつしか無くなってしまったのか?

それとも,ただ殻を破るキッカケがなかっただけなのか?



インカレで,本気で優勝や表彰台を目指している選手に対し,果たしてどこまで学生トレーナーが対応できるのか.

トレーナー歴,たかだか3年や4年の者が,それこそ小学生や中学生のころから競技に取り組み,全国トップレベルにまで到達している選手に対してどれだけのことができるのか.できないのか.

それすら十分に自覚していない者は多いのではないか.

そして,それを跳ね返すだけの努力をしている者は極めて少ない.

そんなことを伝え,肝に銘じてほしいと思い,昨日の勉強は厳しく行った.

200mダッシュにも関わらず,ゴール手前でスピードを落とす者.

選手にリハビリを指導する機会があるにもかかわらず,お手本にはとうてい遠い姿勢しかとれない者.

全力でメディシンボールを投げろといっているのに,シャウトすることなく終わっている者.

座学で何かしらの知識を教えてくれると考えていた,多くの学生トレーナーは面食らったと思う.

あとで悔しくて泣いている者もいたようだ.



しかし,そうした苦悩こそが,選手を支える力になるはずだ.

MNBのことをいくら嫌ってもらってもいい.

選手を強くできない,支えられないトレーナーに育ってしまうくらいならば,トレーナーである必要はない.

MNBは陸上競技部の監督としてトレーナーに対しても鬼になる.