教えないという教え方
敢えて言わないことがある.
学生が,選手が,何かを探している,もがいているとき.
そして,指導者はその答えやヒントを知っている.
しかし,敢えて言わない.
自分で気づかねばならないこと,自ら身につけなければならないこと.
そして,そうやって身につけたものこそ,人生における武器となること.
だから敢えて言わない,教えない.
もちろん全てがそうではいけないだろうし,それが良いとも言えないかもしれない.
けれども,自分はそうやって育てられてきたという自負がある.
高校時代,大学時代,大学院時代,助手の時代,そして武大での今.
それぞれの時代に尊敬する素晴らしい恩師がいる.
そして,その恩師達はみな,敢えて何かを言葉として教えようとはしてこなかったように感じる.
山崎先生も,木村先生も,尾縣先生も,岩壁先生もそうだった.
言葉で,具体的に,詳しく教えてもらったこともあるのだろうけど,それ以上に敢えて教えてくれなかったことこそが重要なことであったと,今では思える.
もちろん,こうした恩師達のような指導力は,今のMNBには備わっていない.
だから,ついつい教え過ぎてしまうこともあるだろうし,教えなさすぎたこともあるだろう.
でも,学生に気づいてほしいことがある.
「今,MNBは敢えて何も言わないんだよ」ということもある.ということを知って欲しい.
何も言われないから,気づいていない.
じゃ,このままでいいか.
ではダメなんだ.
MNBは知っている.気づいている.しかし敢えて,今は言わない.
次にどうするかを見ている.
こちらから指導がないときこそ,そんな緊張感を持って欲しい.