働くということ
先日,スイスへ旅立つ前に久しぶりに実家に帰ったとき,「すみりゅう」という雑誌を手にした.
これは,住友金属株式会社の社内紙だ.
そこに,「働くということ」というテーマで,ある文章を見つけた.
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私も若いころから働くことが当然だと考えていましたが,一方ではやはり「なぜ働くのか?」「何の為に働くのか?」とうい疑問も持っていました.山本七平の「日本資本主義の精神」「勤勉の哲学」などの一連の著作に共感を覚えました.山本がその日本人論で展開しているのは,一心不乱に働くことが佛教でいう救済につながるということで,江戸時代初期の禅僧の鈴木正三のいう念仏を唱えるから救済されるのではなく,百姓が農業を,商人が商いを,大工が建築に汗をかきながら仕事に没頭することがお経を唱えることに等しく,自分で食を稼がない僧侶よりも遙かに尊いという独自の思想です.この思想が石田梅岩などの神学者により広く世の中に広まり現代にも影響を与えているというものです.本来は働くことは手段であり,目的ではないのですが,手段を超越して目的にまで昇華させるという生き方です.
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とあった.
学生のご両親との面談を控え,担当の学生と事前面談を行っている.
就職難の時代,昨今の若者は「自分の好きな仕事」「やりがい」「働く目的」というものを,強く求めているようだ.
そして,それをはっきりと見つけきれない自分に落胆し,働くことに背を向けてしまっている若者も少なくない.
大丈夫.
まずはやってみよう.働いてみよう.
それだけでもよい.社会は回る.自分も変わる.
しっかりと君が動いた成果は得ることができる.
それが働くということだ.
文章の最後に,著者として父の名前が記してあった.
ちょっと感動した.