選手を知る前に自分を知ろう (勉強会内容の続き)

トレーナーという立場は,あくまでサービス業の一種である.
つまり対象となる選手が居なければ,トレーナーそのものが成立しない.そのためにも,選手のことをもっと良く知らなければならない.
これは誰もが感じていることなのだが,ここで問題が生じる.
対象となる相手のことを知っただけで,果たして上手く行くだろうか.相手を知ると同時に,その対象者となる自分も,もっと良く知る必要があるのではないか?
自分をよく知らずに,相手を知ることは出来ない.
それを強要してしまうと,それはただの押しつけになってしまう.
勉強熱心な学生トレーナーに多いのがこのタイプ.
一生懸命教科書を読み,選手のことを考えてはいるものの,選手と接している時の自分がどういう状態なのかが分かっていない.
どういう表情で選手と接しているのか.純体育会系の荒くれもの達に対して,「ただ真面目に」「ただ丁寧に」だけでは,選手は心を開いてくれない.自分を知るということは,選手に自分を合わせられるということに繋がる.まずは5分間ほど,自分をビデオで撮影してみよう.

選手も同様.一生懸命一流選手のビデオをみて,練習方法を調べてトレーニングを積んでいるが,結果がでない.当然である.
自分の競技レベル,技術レベル,体力レベルをしっかりと把握していないからだ.
自分を知らないから,一流とどれだけ差があるかも分からない.そうなると,一流選手が行うべき練習しかしていない訳で,自分に合ったトレーニングを実施できるわけがない.結果,記録は伸びない.

眞鍋の院生に,横野哲朗という者がいる.高校時代は52m78.IH予選落ち.とどこにでもいる選手である.
それが,現在は日本インカレ2位.日本選手権,国体で決勝に残るほどの選手になった.
今は誰よりもハンマー投げについて詳しい自信がある.自分の動きも,飽きるほどみた.ビデオテープがすり切れるほどみた.
そんな人間に,君はどうやってリハビリを教える? 

当然,シロウトではお話にならない.そこで,まずは横野と酒でも交えながら,本音で徹底的に話をしてみる.
そうすることで,ハンマー投げについて,そして横野の人間性がわかる.そして,どうすれば自分をうまく合わせることができるかわかる.
自分の知識で勝負するのはその後なのだ.

トレーナーとは競技ではない.そのため,そのトレーナーがどれほどの競技レベルにあるかは判断しにくい.
それは技量・知識だけで決定されるのではなく,その人間性も大いにかかわってくるものである.
オリンピックに帯同しているトレーナーは,決して日本一のトレーナーというわけではない.
そこには日常業務の内容,性別,特性など,トレーナーの競技レベルとは関係のない,様々なハードルがある.しかし,競技レベルの低いものはいない.

勘違いしてほしくないのが,トレーナーの競技レベルを上げるというのは,トレーナー同士が競うということではない.
そのような思想だけでは,自己中心的でわがままな「トレーナーのためのトレーナー」となってしまう.
トレーナーが競う相手は,実は目の前にいる選手なのだ.
トレーナーにとっては目の前にいる選手に負けない,勝ちたいという気持ちが最も重要なのではないか.