国際武道大学陸上競技部の歴史
眞鍋が国際武道大学にきて、そこにある最も重要なもののひとつ。
「歴史」
この大学には20年を超す歴史がある。
20年という月日が大学にとってどれだけのものかは、それを感じる人によって異なるだろう。
では、皆はどう感じるか。
20年という月日は、ある大学教員が大学に就職して、その仕事を全うする時間でもあるのではないか。
日本中の陸上競技に関する皆さんがご存知の通り、眞鍋が所属するある組織は、ごっそりそのまま、現在の部長より、今の監督と眞鍋に受け継がれようとしている。
部長が育ててきた歴史、グラウンド、フィールド、組織、システム、OB・OG、そのご両親、関係者、グラウンド上の空気から新しいことまで、全てである。
陸上部に所属する諸君、学生はもちろん、コーチも含めて気づいているか?
(眞鍋が偉そうに言うことではないし、皆すでに熟知していることかもしれないが)
数ある大学の陸上競技部で、我が部は現在最も人数の多い部活動として数えられるであろうということ。
その歴史には、インカレチャンピオンはもちろん、日の丸をつけた選手もいるということ。
その勢いは、今なお続いているということ。
これだけ大勢の人数が、少ないコーチ陣のもとにまとまり、分裂することなく、一致団結できる求心力を有しているということ。
そして、その中心には常に部長がいるということ。
もちろん、それぞれにはそれぞれの、様々な理由があるだろう。
しかし、歴史というものは「すでに起きた」事実であり、否定できるものではない。
もし、まったく何もない状態で眞鍋が大学の陸上競技部を作れと言われたら、今の状態まで20年かけてできるのだろうか。
出来ないかもしれないし、出来るかもしれない。
だが、確かなことは、そこに計り知れない苦労と苦難が存在するということ。
それを受け止め、克服してきたからこそ、今の陸上部があるのだ。
先人が作ってくださった全てを無駄にするな。
後を引き継ぐ我々には全てを生かさなければならない義務がある。
ヘッドコーチとして考えた今年度のチームの目標。
「部長に賞状を」
眞鍋は教育者として、学生に物事を指導するコーチとして生きていくための戒めとして、今日の日記を忘れることはないだろう。
今日を含めた日記の全て。
その全ては眞鍋芳明自身へ向けられたものである。
背負うもの。受け継ぐもの。残すもの。知らされるもの。
どれだけのことが眞鍋の肩にかかるのか、もしくは既にかかっているのかは、今のちっぽけな眞鍋には自覚しきれていないかもしれない。
それでも、組織を牽引する者として、進まねばならない。
20年後。先人たちと話をさせて頂いて恥ずかしくない自分であることを願う。