行住坐臥

国際武道大学陸上競技部2010年度冬期前ミーティング


「行住坐臥」


最初にいっておく.今日のミーティングは武大陸上部として,チーム全体の価値観を揃えることが目標である.そして,その価値観は低いレベルの人間に合わせたものではなく,常にトップの人間に合わせたものである.競技力だけでなく,人間性そのもののレベルである.高い競技力を獲得するということは,高い人間性を獲得することに他ならない.弱い犬ほど吠える.弱い人間ほど言い訳をする.今よりももっと強くなるにはどうしたらよいか.その方向は教えることができるが,実践するのは自分自身だ.今日から冬期がスタート.自分自身で自分を磨こう.


・ 結果が全て
このように書くと「そんなことは無い.その過程こそが最も重要だ」「オリンピックは参加することに意義がある」と述べる人間が必ずいる.そういう意味ではない.「結果を出すために全力で努力する」からこそ,その過程は意味あるものになるのだ.「過程が重要」などと始めから言っていては,何も得ることは出来ない.
我々は「競技部」である.まずは結果を出すために何が必要か,考え,行動せよ.


・ 行住坐臥
仏語.人の起居動作の根本である、行くこと(行うこと)・とどまること・座ること・寝ることの四つ.転じて生活全般におけるという意味.
武道は礼に始まり,礼に終わるという.それが道場内だけで礼儀正しく,一歩外に出てしまえば挨拶すらできないのでは礼を身につけていないと同様.武道を修めたとはいえまい.
道場で学んだ礼儀の本質が,日常生活へもつながり,活かされてこそ,初めて自分のものとなる.陸上競技も一緒.競技をしている場面と日常が同じ考え,同じ行動がとれてこそ,初めて価値がある.
スポーツ結果とは,その人そのものを表す.強いヤツは全て強く,弱いヤツはすべて弱いのが現実ではないか.修行をして,全ての能力を向上させなければ,一歩上の結果は得ることができない.日常生活における挨拶の姿勢,態度,心持ち,「こんにちは」の心身一如の所作全てに,スポーツでの動きは反映されている.
フリスクのCMを思い出してほしい.良いアイデアというのは会議室や研究室で生まれるのではない.常に頭の中に渇望があるからこそ,散歩や就寝前に浮かぶものなのだ.トレーニング場面だけで全てを作り上げようと思うのが無理.一生懸命やっているときには気づかないことが,日常で何気ないときに気づくことがあるのだ.


・ 自分のなかにコーチを創れ
人間というのは弱い生き物である.今ココで,皆がいるからモチベーションはあがっている.しかし一人になるとどうか.突然妥協する.それが人間.そこで妥協せずに,厳しく自分を律することができれば,どんどん成長できる.そのため「自分自身を監視するコーチ」を自分の中に創れ.厳しいコーチがいればいるほど,君は成長する.


・ メニューに可能性を託すな!
自分が強くなるための可能性をメニューに託していないか?本来,練習メニューというのは千差万別.たとえ,乳酸耐性を強化する走り込みとしても,厳密にいえば200mのインターバルが最適な人間がいれば,300mのレペが最適な人間もいる.その日その日に自分自身に合ったメニューが選択できれば,決まったメニューなんか必要ないのである.
しかし自分一人では追い込めない,質の高い練習ができないなどの理由から,皆で同じ基本的メニューを行う意味はある.重要なのはそれを上手く利用することである.
たとえ強豪校でも,何ら変わったメニューをしているというわけではない.重要なのはその質と徹底できているかどうかだけである.


・ なぜ走り込みをするのか?
土台ありき.体力・技術・戦術の三角形.三角形の高さがパフォーマンス.パフォーマンスを高めるには三角形の面積を大きくするしかない.そのためには,圧倒的な体力がなければ,大きくできない.
1)ポジショニング
身体各部の位置を正確に決める,動かす能力.
2)グレーディング
出力の調整能力.全力か,ゼロか,50%か,42%か.
3)タイミング
出力時刻の調整能力.
これらの能力が自然発生的に獲得できるからである.走り込む量を増やせれば増やせるほど,こうした能力が身についてくる.



・ 動きの気づきを高める視点 (村木,2007を改編)
行住坐臥を意識すれば,あらゆる運動を通して学習のチャンスはあるということが解るが,動きの気づきを促すために,基盤となる考えやモデルというものがある.以下の3つは,地上でのあらゆる運動に共通し,身体の捌きを錬磨するためのエッセンスであると言える.

1) 重力を感じ,軸をつくる
重力にそって,頭や胸,腰,腕,足などを揃えること.歩き方をしらない子供は,ひ弱な筋力しかないため,力に頼ることなく,素直に重力を感じて立つことができる.筋力が強くなった大人になるほど,いろいろな精神作用も伴って,猫背になるなど無理な姿勢へと変化してしまう.重力の作用線上への身体配列による軸作りが重要.
2)力の伝導性を理解する
非常に大きな力を発揮できるセンターが力を生み出し,それを末端へと伝えること.何をするにも,からだの中心から動き出す意識をもつことが重要.
2) 四肢の相互作用を感じる
左右の相互作用,上下の相互作用を感じること.右手で投げるときは,左手はどのようにリードするのか.疾走での下肢の挟み付け動作,上肢の振り上げ動作も相互作用.これらの相互作用は,補助的に身体を引き上げたり,目的に応じた動作をやりやすくする効果がある.

これらの学習のコツは,8割程度で,絶え間なく実施するということ.こういう意味からも走り込みは必要であるし,行住坐臥の気持ちがもっと重要なのだ.



強くなることは実は簡単で,誰でも知っていることだ.しかし,「知らないフリ」をしてしまったり,妥協してしまうことで,人間は強くなるチャンスを逃してしまう.そして後で後悔する. 妥協せず,前を向いて高い競技力と人間性を構築してほしい.